2010.03.13 Saturday
悲しみはいずこへ

緊急入院した翌朝のこと。
痛み止めがまだ効いていて、ぼんやりとしたまま、血圧や体温を測ったり、問診されたりした後、まどろんでいると、看護婦さんがやって来て、
「お母様のことで先生からお話があるので、お父様と一緒に聞いてください」
と、車椅子に乗せられました。
そう、私が病院にたどり着くより前に、母は救急車で同じ病院に運ばれていたのです。
痛みと眠気と薬でボーっとした頭は、ようやくそのことを思い出しました。
私の病室が3階。車椅子で1階まで降りると、集中治療室があります。
看護婦さん、2度ほど、「驚かないでくださいね」と私に言います。
カーテンを開けて車椅子で入ると、ストレッチャーに乗った母、そして枕元に立つ父。
父は、私にこう言いました。
「お母さん、死んじゃったよ」
医師からの説明、臨終の時間の読み上げ……。
泣いても少しもおかしくはないのに、涙をこらえたわけでもないのに、一瞬だけ涙が出そうになった……それだけでした。
そして、医師から 「よろしいですか……」
はい……としか言えません。
車椅子を押してくれた看護師さんが、
「もう一度、お母さんの顔を見なくていいですか?」
私は車椅子を少しだけ前進させ、点滴の針で変色した母の腕を触ってあげました。
顔はよく見えませんでした。
遺体を清めて、安置してくれるとのこと。
私は後を父に託し、病室に帰って行きました。
悲しみは、気味の悪いほどにやって来ません。
それどころか、どうかすると、すぐに母の死を忘れてしまう自分に気付くのです。
あまりに悲しくて、心がそれを思うことをシャットアウトしているのでしょうか。
そう思っても、自分が薄情者に思えるほどに、何ともあっけらかんとした心に気付くのです。
でも、色々な思いは浮かんできました。
母は、淋しいから、私を病院に呼んだんだなと思いました。
近くに居られてよかったなと思いました。
年男の誕生月に、体の悪いところを噴出させてくれたのかなと思いました。
ゆっくり休んで、色々なことをたくさん考えなさいと言ってくれているんだと思いました。
そんな思いの中、まどろんで起きると、母のことを忘れている自分に気づくのです。
悲しみを感じない私に気付くのです。
病院だからなのでしょうか。
家に戻って、あれやこれやを目にしたら、大きな悲しみがやって来るのでしょうか。
不思議な気持ちを抱えつつ、腹を抱えて眠る私なのでした。

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